東京高等裁判所 平成7年(ネ)4604号 判決 1996年6月20日
主文
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。
理由
【事実及び理由】
第一 当事者の求める裁判
一 控訴人
主文と同旨
二 被控訴人
本件控訴を棄却する。
第二 事案の概要
本件の事案の概要は、次のとおり訂正する外、原判決の事実及び理由の欄第二と同一であるから、これを引用する。
同二9(一)の一一行目に「三、四記載の各文書」とあるのを、「三、四及び五記載の各文書」と訂正する。
同三を以下のとおり改める。
「三 争 点
本件の争点は、控訴人の評議員である被控訴人に控訴人が所持する本件文書の閲覧謄写権があるか否かであり、この点に関する当事者の主張は次のとおりである。
1 被控訴人の主張
法第三章第三節及び控訴人の寄附行為第三章の規定によれば、評議員は評議員会を組織し、評議員会は役員を選任し、法四二条一項各号に定める事項を議決する外、法四三条(寄附行為二五条二項も同じ)に則り、学校法人の業務若しくは財産の状況又は役員の業務執行の状況について役員に対して意見を述べ(意見陳述権)、若しくはその諮問に答え(諮問答弁権)、又は役員から報告を徴する(報告徴収権)権限がある。これらの規定によれば、控訴人は、その組織上合議体を形成している評議員会の機関構成員としての評議員各自に対し、評議員がその職責を遂行する必要上、控訴人の事務処理状況を調査することを容認しなければならず、評議員である被控訴人は、その調査権限に基づき、本件文書を閲覧謄写する権限を有するものである。
2 控訴人の主張
(一) 公益法人等との比較
公益社団法人は、社員総会を最高の議決機関として管理運営されているが、通常年一回しか開催されない社員総会に法人業務の監督はできないと考えられるところから、法人業務の監督は全面的に主務官庁に期待されており、社員には帳簿の閲覧謄写権は認められていない。公益財団法人は、寄附行為によって管理運営され、内部に業務監督機関が予定されておらず、法人業務の監督は全面的に主務官庁に期待されている。宗教法人にあっては、責任役員の決議に基づき代表役員が業務執行することになっており、檀信徒は業務執行を是正する地位になく、文書等の閲覧謄写権は認められていない。
学校法人の場合、評議員会は、法により必置機関とされているが、原則的には諮問機関であり、寄附行為により一部決議機関とされていても、業務監査機能を与える程の強い性格のものとはされていない。したがって、公益社団法人の社員らよりも弱い権能しか与えられていない学校法人の個々の評議員に帳簿書類の閲覧謄写権があると解するのは背理である。
(二) 機関相互の権限分配の法理
学校法人には、執行機関として理事、主としてその事前チェックを果たすべきものとして評議員会、事後的チェックを果たすべきものとして監事がいる。本来、帳簿の閲覧請求権は、監査機関に認められるものであり、執行機関の事前チェック機能を担う評議員会の構成員に文書の閲覧謄写権は認められない。
(三) 評議員の権限と文書閲覧謄写権
評議員会の権限は、控訴人の寄附行為二五条に規定されている。しかし、評議員会の権限から評議員固有の権限を導くことは背理である。控訴人の寄附行為において評議員固有の権限として定められているのは、評議員の総数の三分の一以上の評議員をもってする評議員会の招集請求権(二〇条四項)、評議員会での議決権(二四条二項)のみであり、その外には評議員固有の権限を認める規定はなく、法においても同様である。
仮に、評議員会に文書の閲覧謄写権が認められるとしても、その権限は、会議体である評議員会に属するというべきである。このことは、両議院の国政調査権、普通地方公共団体の議会の調査権に関する諸規定等からも明らかである。
(四) 個々の評議員に文書の閲覧謄写権を認めた場合の弊害
(1) 原判決別紙文書目録一ないし三記載の文書
同目録一記載の文書(理事会議事録)は、パイプファイル(八センチメートル)九冊、同目録二記載の文書(評議員会議事録)は、パイプファイル(八センチメートル)三冊及び同(六センチメートル)一冊、同目録三記載の文書(調停事件関係書類)は、パイプファイル(六センチメートル)一冊で、いずれも秘書室が管理し、重要書庫内に保管している。秘書室内には閲覧の場所がなく、閲覧には秘書室員の立会いが必要であるが、室員は、室長を含め、三名しかいないところ、室長は絶えず所用があって秘書室を出入りしている。繁忙期には立会いのために職員をさくことは極めて困難である。
(2) 同目録四、五記載の文書
同目録四記載の文書(造成工事契約書添付書類)は、契約書及び添付図面を併せて二分冊、七〇枚であり、同目録五記載の文書(建築工事請負契約書添付書類)は、八分冊、一四五二枚、その他関連施設の文書が四分冊、一二三枚である。いずれも施設部施設課が管理し、契約書類は施設部内の書庫に、図面関係は重要倉庫に保管している。これらの文書を一級建築士が調査鑑定したことがあったが、約一か月半を要している。この間、施設部職員は常時立会いを要することとなり、閲覧謄写が事務運営に支障を来すことは明白である。
(3) 同目録六記載の文書
同目録六記載の文書(監査報告書類)は、控訴人の決算評議員会の都度、各評議員に写が交付されており、被控訴人が所持しているものもある。同文書は、財務部財務課が管理し、本館金庫に保管している。各年度毎に五分冊となっている。
(4) 同目録七記載の文書
同目録七記載の文書(会計帳簿等)は、帳簿が昭和六二年度から平成六年度分まで計六四冊あり、伝票及び証憑書類は、昭和六二年度分が一三四冊、計一万四五五五枚、同六三年度分が一二六冊、計一万四三二二枚、平成元年度分が一三〇冊、計一万三九七六枚、同二年度分が一二九冊、計一万四一〇六枚、同三年度分が一三八冊、計一万五六六五枚、同四年度分が一四二冊、計一万五三四七枚、同五年度分が一四七冊、計一万六五二〇枚、同六年度分が一六〇冊、計一万六八一五枚である。いずれも財務部財務課が管理し、重要倉庫に保管している。重要倉庫は無人であり、閲覧謄写する場合には、財務課員が常時立ち会う必要がある。平成六年度において公認会計士による監査に延べ人員六七名、監査時間四五三時間を要した。単年度分の監査でさえ、このとおりであるから、被控訴人の場合には、その九倍相当の時間を要することは明らかである。
(5) 評議員数との関係
控訴人の評議員会は、寄附行為二〇条二項により、五七人の評議員をもって組織するとされており、個々の評議員が、それぞれ適宜の時期にすべての記録の閲覧謄写を請求した場合を想定すると、法人の事務運営に支障を来すことは明らかである。
(五) 請求手続における制約
仮に評議員会又は評議員個人に閲覧謄写権が認められるとしても、文書には、個人情報等当然非公開とされるものがあるから、その権利を行使するには具体的理由を明らかにし、それとの関連において閲覧謄写請求の対象文書が特定されるべきは理の当然である。被控訴人が閲覧謄写を請求している文書は極めて広範囲かつ網羅的であって、実質的に文書を特定しているとはいい得ない。また、閲覧謄写の理由も、「事務処理改善の根本策を立てるため、評議員会における評議員の調査権能を確立して、不整の全貌を調査する必要がある」(訴状・請求の原因末尾記載)との抽象的理由に止まっている。
(六) 文書の内在的制約による制限
神奈川県の機関の公文書の公開に関する条例(昭和五七年一〇月一四日神奈川県条例第四二号)には、個人情報等を含む一定の文書について非公開にできるとの規定があるが、学校法人が保管する文書についても、同様の観点から格段の配慮をし、閲覧謄写権の対象にならないものがあるというべきである。
これを本件文書について見ると、次のような文書が含まれている。すなわち、原判決別紙文書目録一記載の文書中には、教職員の分限に関する事項の審議が記録された部分、その他人事案件の資料等がある。同目録三記載の文書中には、著作権の対象となるものがあり、また、争訟に関し、開示することにより関係当事者間の信頼関係を損ない、将来の同種の事務事業の公正若しくは円満な執行に支障が生ずる恐れのあるものが含まれている(なお、同文書中には、既に被控訴人が評議員として写を入手し、本件訴訟において甲号証として提出したものもある。)。同目録四、五記載の文書には、著作権の対象となるものが含まれている。同目録七記載の文書には、特定の教職員を識別し得る個人情報、第三者(他の学校法人、地方自治体、その他の団体を含む。)の氏名、交渉の目的が記載されたもの、教職員の学問研究の内容が推測できるものがある。」
第三 当裁判所の判断
一 控訴人における評議員会及び評議員の役割
法及び控訴人の寄附行為中には、評議員に対し、学校法人である控訴人が所持する文書について閲覧謄写権を認めた規定は存しない。そこで次に、法及び控訴人の寄附行為を中心に、控訴人の評議員会及びその構成員である評議員の有する権能を検討し、それから個々の評議員の閲覧謄写権が認められるか否かを判断することとする。
二 法によれば、学校法人には、役員として理事五人以上及び監事二名以上を置き(三五条一項)、その業務は、寄附行為に別段の定めのない限り、理事の過半数をもって決すること(三六条)、理事は、寄附行為において制限されない限り、学校法人の業務について、各自学校法人を代表すること、理事長は、法所定の職務の外、学校法人内部の事務を総括すること、監事は、学校法人の財産の状況、理事の業務執行の状況等を監査すること(三七条)とされている。評議員会については、学校法人の必置機関であり、理事の定数の二倍を超える数の評議員をもって組織すること(四一条)、理事長は、寄附行為によって評議員会の議決事項とされたものを除き、予算、借入金(当該会計年度内の収入をもって償還する一時の借入金を除く。)及び重要な資産の処分に関する事項等について、あらかじめ、評議員会の意見を聞かなければならないこと(四二条)、評議員会は、学校法人の業務若しくは財産の状況又は役員の業務執行の状況について、役員に対して意見を述べ、若しくはその諮問に答え、又は役員から報告を徴することができること(四三条)、理事長は、評議員会に決算報告をし、その意見を求めなければならないこと(四六条)とされている。個々の評議員の有する機能を見ると、評議員総数の三分の一以上の評議員をもって理事長に対し、評議員会の招集を請求すること(四一条五項)及び評議員会の議決に加わること(同条七項)が定められているに止まる。
三 控訴人の寄附行為を見ると、控訴人の役員は、理事が一〇人以上一五人以内、監事が三人とされ(五条)、控訴人を代表する役員は、理事長のみとされている(一二条、一三条)。評議員会は、評議員五七人をもって組織し(二〇条二項)、評議員会の議決事項として、法四二条一項一号ないし四号に定める事項の外、残余財産の処分を掲げ(二五条一項)、その権能として、法四三条と同旨の規定を設けている(同条二項)。さらに、控訴人においては、予算が評議員会の議決事項とされ(三〇条)、決算についてもその承認を要するものとされている(三一条)。個々の評議員の有する権能については、法と同旨の規定が存するに止まる(評議員会の招集請求につき、二〇条四項、議決参加につき、二四条二項)。
四 以上の法及び控訴人の寄附行為の規定によれば、控訴人の評議員会は、法の定めた諮問機関的性格を一部変更し、議決機関としての性格を有する面があるといえる。そして、評議員会の権限は、寄附行為の変更、合併、解散等法人存立の根幹にかかる事項について議決をするほか、日常の業務の運営に関しても、予算の議決や報告の徴収を通じ、学校法人の運営の適正を事前に図るのみでなく、決算の承認を通じ、事後的にも監督するものである。評議員会がこれらの権限を十分に行使できるようにするため、評議員会は役員から単に説明、報告を徴するばかりでなく、審議のために必要な文書について提出を求める等の措置をとることができなければならない。しかし、このことから、評議員会を構成する個々の評議員において、評議員会とは別個に、役員から報告等を徴し、文書を閲覧謄写する権利があるということはできない。それは、評議員会の決定に基づき行使されるべきものである(国政調査権に関して国会法一〇三条及び一〇四条、地方議会の調査権に関して地方自治法一〇〇条がいずれも個々の議員に調査権を認めたものでないことを想起すべきである。)。すなわち、個々の評議員は、評議員会の審議の場において、必要と考える資料、文書の提出を役員側に求めるよう提案し、あるいはその提出がなく審議案件の正当性を認め得ないとしてその否決を主張することができ、またそれが評議員としての職責でもあるが、評議員会において、右のような提案、主張が容れられず、自己の意に沿わない議決がなされたとしても、その結果を承服せざるを得ないことは、多数決原理に立脚する合議体の性格上当然のことであるといわなければならない。そして、法及び寄附行為によって個々の評議員に認められる権能は前記のとおりであって、評議員会の場を離れて、評議員各自が評議員会に属すべき権限を自ら行使し得ると解すべき根拠を見出すことはできず、またそのような権限を認める実質的理由もないというべきである。
五 以上のとおり、被控訴人は、控訴人の評議員であることを理由に本件文書を閲覧謄写する権利があるとはいえないから、被控訴人の請求は、その余の争点について判断するまでもなく理由がない。
よって、これと結論を異にする原判決は、取消しを免れず、訴訟費用の負担につき、民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 野田 宏 裁判官 田中康久 裁判官 太田幸夫)